21世紀になったそうだ。
世間で大騒ぎをするほどたいした実感も無く
昨日から今日そして、明日へ毎日が流れるように自然に新世紀へ突入したと言った所だろうか・・・。


 まだ学生だった頃。と言っても小・中学生の時分の話だが、21世紀なんて想像も出来なかった。
その前に1999年にノストラダムスの大予言の世界の終わりが来る時は自分は37才になっていて、
その時に死んじゃうんだな〜。なんて真剣に心配したりしていた。
 

近未来21世紀、鉄腕アトムが生まれたのは2003年なんだそうだ。
二足歩行できるロボットが発表されたりしてはいるが、そこまではまだまだまだかかりそうだ。
が、あらゆるものが進化し便利になっていく事は確実ですでに俺の生きてきた40年弱の歳月の間にも
テレビは白黒からカラーそして衛星デジタル双方向通信でリアルタイムで買い物もできるようになってきった。
電話も近所でついてる家は少なく呼び出しで時々借りていたものが、
今や全人口の二人に一人は携帯電話を持ち動画受信などますますハイテク化している。
家事もマイコン搭載の家電製品さえあれば一流シェフ並みの味が出せると言うし、
お婆ちゃんの知恵袋なんて知らなくても
ボタンひとつでクリーニング屋に出すのと同じくらいきれいに洗濯ができる・・・ets。


俺たちが乗っているハーレーもコンピューター搭載になり電気で動き更にはタイヤさえ無くなるのかもしれない。
まるで映画『フィフスエレメント』の世界。


俺は現にこうやってパソコンにはまってホームページなんかも公開してハイテクの恩恵を享受している方なんで
(電器製品を販売している仕事というのもあるが・・・。)
ハイテク&デジタルの社会に興味はあるけれど、ひとつ気がかりな事がある。


それは、
生活のいたる所にコンピューターなるものが入り込み人間が長き間に培った経験や勘といったものの価値感や
人と人とがふれあいながら伝えていくべき愛情や
喜怒哀楽などの思いといったものが希薄になっていってはしまわないだろうか?
という事。


デジタル世代の若者による理解のしがたい行動
(少年犯罪や刹那的な快楽を求めての無謀な行為、
他人の目をまったく気にしない自分本位の身勝手な行為)がその前兆を感じさせる。

オヤジくさいセリフになってしまうけど3人の子の父親としても考えさせられることが多いのは素直な気持ちだ。




デジタルもいいが世間の流れに比べアナログな生き方をよしとする俺はやはりバイクにはガソリンがいいし、
いろいろなトラブルを乗り越えた自らの経験を元に愛車の整備をしていきたいと願う。
そして、ハーレーに跨り旅する中で人との出会いを大切にし
モニターの中や氾濫する情報だけでは解からない人のぬくもりを感じ続けていきたい。

それらを、また次の世代に引き継いでいくのは今の俺たちの役割ではないだろうか。
21世紀に走る俺たちの。

別に宣教師のように世の中の全ての人に説いて回れと言うのではない。

せめて同じハーレーを愛する者同士の中では
【時代と共に変わっていくもの】を認め、
【決して変えてはならないもの】を守り確認しあっていく必要を感じるのだ。
いつまでも俺たちが熱く走れるように、
初めて会う仲間や再会する旧友と思い切り抱き合えるように。

21世紀は始まったばかり、あと99年もある。
22世紀を迎えようとする頃は世の中の全てが
今の俺たちには想像できないくらい変わっていることだろう・・・。

22世紀のバイカー達が俺たちと同じように次の世代ヘ
【変えてはならないもの】をしっかりと引き継いでくれる様に
俺は”今”をしっかりと見つめていきたいと思う。



今年もいや、21世紀も走れるだけ走り続けよう。
何かと語りたがりの俺だけど何処かで会った時には美味い酒を飲みながら
ちょっとだけ俺の語りに付き合って欲しい 。



2001.1

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