VOICE

History of D-RUSH vol.1


『KAMIさん、今度平日の仲間で走るチームを作るんだけど一緒に入らない?』
それが、俺とD-RUSHとの出会いだった。

1997年冬、俺は国立の友人の家から帰路へ向かうため、まだノーマル然とした相棒の'93ソフテイルカスタムで新奥多摩街道を走っていた。
走るには寒さが身に沁みる夜中、赤や黄色の派手なイルミネーションの店に気が付いた。
一旦は通り過ぎたものの、先を急ぐ用もないので、Uターンをしてその店の扉をくぐった。
客の誰もいないその店は、マッタリとしたロックがかかっている。
カウンターの向こうにはバーテンダーが、後片付けを始めていて、店の中央には、50歳を過ぎた位のマスターらしき男が一杯やっていた。
『一人なんですけど、一杯だけいいですか?』そう言って俺はコロナを頼んだ。
マスターらしきその人は、一見の俺に対して、『どこから来たんだ?』と口を開いた。
『国立の友人とこから飯能の家に帰る途中です。』と俺。
初対面のそれも明らかに年上の人に対しては、決して弁が立つ方ではない俺は、言葉を選びながら結局大した話も進まないまま、1時間ほどが経った。
『じゃ、また今度早いうちに来ます』そう言って店を後にした。

それから数日後、改めてその店に顔を出す。
マスターらしきその人は『おお!この間、夜中に来たよね?』と気さくに声を掛けてくれた。
俺も『ども』と笑顔で返す。

改めて店の中を見回すと、店内はアメリカンテイスト一色で、ハーレー乗りにはただそこで飲むだけで気持ちが良くなる様な気分にさせてくれる。
それから、特に知り合いもいないその店に、俺はちょくちょく立ち寄る様になった。
その店の名は【モークスカフェ】と言った。
バーテンダーをしていたのは、ONOKKO、マスターらしき人はSHOWさんと言って昔COOLSに在籍していたというその店のコーディネーターとの事だった。


モークスには、多摩地区のハーレー乗りが多く集まっていた。
それからと言うもの俺は常連のひとりとして覚えて貰えるほどに頻繁に通い詰めた。
『週末にライブがあるからぜひ来てよ』という誘いに顔を出した時の事。
リーゼント頭の痩せ身の男がヴォーカルのそのバンドに俺は、心地よい熱さを感じた。
ライブ終了後、『最高だったよ!』そう俺が声を掛けた相手はNO! STANDSのROCAだった。
俺が言うには生意気な様だが、まだ少し荒削りな感じもあったNO! STANDSは、博多弁のMCとは打って変わって、パワフルで歯切れのいい音を弾き出していた。
インディーズと言うのだろうが、いわゆるライブハウスで客を引きつけるミュージシャンと呼ばれる人種と会話をしたのは初めてだった。

そして数ヶ月経ったある日、いつもの様にモークスの扉を開けると、その日は貸し切りのパーティーがあるとの事だった。
『終わるまで、隣の店にいれば?』
そう言われ、それまで一度も入った事のなかった同じオーナーが経営する隣り合わせのイタ飯屋に入った。

こじんまりとしたその店に他に客はなく、ひとり俺はビールを頼んだ。
『今日はハーレーじゃないんですか?』
『僕もハーレー乗ってるんですよ』と愛想のいい店主が声を掛けてきた。
『ほら、表に留まってるヤツがそうなんですよ〜』
見ると、ちょっと前にHOT BIKE JAPANに載っていたハーレーがそこにあった。
『あ〜、見た事ありますよこれ!』
人懐っこい店主と、しばしハーレー談義をし、その日はそのまま家に帰った。

そしてまた数日後、今度は直接そのイタ飯やの方に入り、店主のウケないダジャレに付合いながらハーレー談義の続きに美味い酒を共にした。

ある日、その店で飯を食っていた時の事だ。
『KAMIさん、今度平日の仲間で走るチームを作るんだけど一緒に入らない?』と店主が言う。
『いいですねぇ〜、でも俺一度カラーを背負った事があるバツイチだから、もうチームとかには入るつもりはないんだ』そう答えた。
『そうなの?でも一応考えてみてよ』そう言う店主。

その後も、店に行く度に『どう?一緒に走ろうよ』と毎回同じ話をして来る。
『そこまで、言ってくれるなら一緒にやりますか〜』
『でも、俺はそういう経験があるから言いたい事は言わせて貰いますよ』と俺。
『うん、全然構わない。そういう人が居てくた方がいいと思うし』と店主。


その店主の名はNABEという。

それが俺とD-RUSHの出会いだった。



/// PRESIDENT KAMI ///
2010年10月26日(火) No.13 (HISTORY)

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