VOICE

History of D-RUSH vol.10


夏のかけらが残りつつも、少しだけ朝の空気が涼しい青梅の河原。

俺は前日にレンタカーを借り、世話になっているカスタムショップ ジャパンドラッグに
本部となるブース用テントを、ドラゴンウェーブ事務局からは人参棒とメガホンを借り受け、
いくつかの備品を積み込んでからそこに到着した。

既にメンバー達は集まっている。
早速荷物を降ろし設営に入る。

会場設営と言っても、ジャパドラから借りたテントを立て受付を作り、
ラジカセをコンセントにつなぎBGMを流して終了。

バイブズへの告知を見て出店したいと、はるばる奈良から来てくれたジェリーオンスプリングが到着し、
続いて名古屋のクロス、ドラゴンウェーブスタッフ仲間で埼玉の満ちゃん、マリちゃんも
出店で会場に花を飾ってくれた。

あとは参加者へのお疲れビールを冷やし、豚汁の仕込みをボチボチ始めるだけ。

メンバーみんながそわそわしているのが良く分かる。
俺も忘れているものはないか。
バイクがこうやって入って来たら、こうやって誘導して、こうやって声掛けて、こうやって受付をして・・・。
頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。

『そろそろ時間だな。上の道の誘導は二人づつ交代でやるから最初の二人スタンバイよろしく!』

若手の二人が人参棒を手に坂を駆け上がって行く。

ゲートオープン10:00。

『来るかな・・・?』


30分経過。

川の流れの音だけが響き、俺たちの緊張を高める。


『飲むか〜?』

変な空気感を破るように誰となく缶ビールを空けて飲み始めた。


1時間経過。

『ま、最初だしこんなモンだよ。』

俺は自分を納得させる様にみんなに声を掛ける。




ドドドドド・・・。

― ハーレーの音だ!! ―

『来たッ!』
みんなが一気に立ち上がり坂の上に目をやった。

シルバーとブルーのツートンカラーのウルトラが坂を下ってきた。
中年のおじさんが奥さんらしき女性とタンデムだ。
『お疲れ様で〜す!』
『こっちに駐めて下さ〜い!』
誘導係のメンバーが、ぎこちない笑顔と声で一台のハーレーを5人がかりで誘導する。

記念すべきD-meetingの第一号の参加者だ。
河原の方にいたメンバー達もバイクの回りに駆け寄り、次から次へと矢継ぎ早に声を掛ける。
『お疲れ様です!』
『こんにちわ!』
『荷物持ちましょうか?』
『すいません。受付はこっちです。』
『どこからですか?』

ふたりとも少し圧倒されている様子だが、笑顔で『お疲れ様。お世話になりますね。』と受付に向かう。

俺は受付で『お疲れ様です。来てくれてありがとうございます。』
『ここにお名前と住所、連絡先を書いてくれますか?』

自分達の出会いのためという意味もあるので、参加者受付ノートに連絡先を書いて貰う事にしていた。

奥さんが住所を書く。
埼玉県川口市・・・。
『川口ですか?』
書かれる字を追いかけながら俺が言う。
続けて名前と電話番号。
『ホ・リ・ノ・ウ・チ・・・』
『堀之内さん・・・ですか。堀之内さん!今日はありがとうございます。楽しんで行って下さいね!』

俺は最初のミーティング参加者をしっかり記憶する様に何度も『堀之内さん!』を繰り返していた。


堀之内さん夫婦がテントの準備をしている様子を遠目に見ながら、
まずは参加者が来てくれた事にスッカリ気分も落ち着き、
すでに何となくやり遂げた様な気分になっていた。



ドドドドド・・・。

またバイクの音がする。
『2台だ!』

今度は若いバイカー二人だ。
手持ちぶさたなメンバーたちは、またもみんなで二台を囲むように案内を始めると、次のバイクがやって来た。
数名がそちらに対応する様に動き始めると、またバイクの音が近づいてくる。

ようやっと、誘導係もそれらしくバイクの導線に並び連携しながら迎え入れる形になってきた。

正午を過ぎた辺りから次から次とバイクがやって来る。

ドラゴンウェーブのスタッフ仲間や昭島のモークスの常連バイカー、ジャパドラのお客達も来てくれた。
パドックPAPA も幼い娘を車に乗せてやって来た。

1台、2台での登場が続く中、6台まとまったグループがやって来た。
6台分のハーレーの音が重なり、このD-meetingの入口に向かってくる光景に自分たちが始めた事の
大きさみたいなものを感じた。

『お疲れ様で〜す!6台だからこっちにお願いします!』
誘導を終えバイクから降りたその中のリーダーらしき男が俺に話しかけて来た。
『KAMIさんですか?バイブズ見て電話で問い合わせた千葉の矢萩です。』
『ヤハギさん? 床屋さんの?』
『そうそう。仲間連れてきましたよ!』
『ありがとう!矢萩さんはバイブズに告知出して一番最初の問い合わせだったんだよ。
嬉しかったよ〜!楽しんで行ってね!!』
『そうなんだ〜? 俺一番なんだ。後で飲みましょう!』



D-meetingの話を持ち出した時は10人も来てくれたら大成功だよと言っていたが、
40人いや60人以上のバイカー達がいる。

会場となっている河原にバイクの音、参加者の笑い声が響く。
みんな河原の石の上にそのまま座り込み酒を飲みながら、平日休み同士自己紹介をしながら
この出来たばかりの小さなミーティングを楽しんでいる。

そんな光景を見守っているとNABEが俺の横に来た。
『KAMIさん、俺は嬉しいよ。こんなに沢山の人が来てくれてさ。こんなに来るなんて思ってもみなかったよ。』
そう言うNABEの顔を見るとサングラスの下から涙が溢れていた。
『NABEさん泣くなよ〜!』と笑いながら俺が言うと
『だって嬉しいじゃないか〜!』と俺に抱きついてきた。
『NABEさん抱きつくなよ〜!』と言いながら俺も少し泣いていた。

『みんなに楽しんで貰えるように今夜は盛り上げようね。』

陽も暮れ始め回りが薄暗くなってもヘッドライトを点けたバイクが坂を下りてくる。
仕事を終えてから駆けつけてくれた仲間達や遠くからやっとたどり着いたバイカー達だ。

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決して人数が多い訳ではないが、とにかく予想を超えたバイカー達が来てくれる事に興奮し続け、
気が付けば時間は7時になろうとしている。

全体ミーティングの時間だ。

少し見渡すだけで参加者全員の顔が見える距離感の中、
家庭用投光器と懐中電灯に照らされた俺が主催代表の挨拶をする。

『みなさん!今日は遠くから、近くからD-meetingに来てくれて本当にありがとうございます。』

『D-meetingはミートをするために始めました。ここに来たからには新たな出会いを必ず持って帰って下さい。そしてまた来年のD-meetingで再会して下さい!』

何を話そうかなと考えていたけれど、それだけで十分だった。

『このあとは俺たちもミートに仲間入りさせて貰うので一緒に飲みましょう!』

そう言って俺の挨拶が終わると同時に秋山さんのアコースティックギターが音色を奏でた。
マイクスタンドと小さなスピーカー、ギターは生音のまさにアンプラグドライブ。

渋いブルースから始まったが、みんなの乗りに合わせだんだんヒートアップ。
最後は参加者みんなが隣り人の肩に手を乗せ、まるでフォークダンスの様に焚き火を囲んで回り出す。


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ライブも終わり、そこここの砂利石の上で車座になった宴が続く頃、
つかの間の時間を楽しんでくれた日帰り参加バイカー達が帰り始める。
帰路に向かうバイカー達をメンバー全員で見送る。
『今日はありがとう。またぜひ会いましょう!』
堅い握手を交わし、ひとりひとりを送り出す。

慌ただしく見送りをしている俺の元にひとりの好青年風のバイカーが挨拶に来てくれた。
『今日は、楽しかったです。実は前に青森バイブズミーティングの写真でD-RUSHのマークを
見つけて、絶対D-meetingには来ようと思ってたんです!』
少し興奮気味にここに来た理由を話す。
『そうなんだ。君、名前は?』俺が聞くとその青年は、『久保って言います。』と答えた。
『KAMIさん、今度D-RUSHと走らせて貰っていいですか?』久保君がいきなりだが思いの籠もった温度で俺に言う。
『そうか!じゃ、いつか走ろう。今の時点ではいつって言えないけどその気持ちがあれば機会はついてくるよ。
そのためには、ここが大切だからね。』と俺は左胸に拳を当てて言った。
『分かりました!ここですね!』久保君も左胸に拳を当てて答えた。

『久保君、下の名前はなんて言うの?』
『マナブです。学校の学。』
『そっか。じゃ呼び名はGAKUだな。』
俺は笑いながら勝手に呼び名を決めた。
『じゃ、GAKUまた会おう!』
堅い握手を交わし彼の後ろ姿を見送った。



帰って行くバイカー達の見送りが一段落したあと、俺はテントを張ってキャンプを楽しんでいる参加者の元へ挨拶がてら回り始めた。
俺自身にとっても大事な貴重な出会いの場。参加してくれた人全員と話をしようと決めていた。

一番乗りだった堀之内さん、山梨のホテルマンのカップル、静岡から東京の仲間と合流したふたり、
俺の地元所沢から来た年配バイカー、顔は見た事あるけど始めて話す若いバイカー・・・。


たった一年少し前に産声を上げた多摩地区のD-RUSHが千葉のバイカーと繋がった。
山梨のバイカーと繋がった。
栃木、愛知、群馬、神奈川、岐阜のバイカーと繋がった。

握手をし再会の約束を交わし、俺が思い描いていたバイカー達との出会いの1ページが開かれた。



やって良かったという思いに包まれながら夜が更けて行く。
月明かりがいつまでも俺たちのミーティングを照らしてくれていた。




/// PRESIDENT KAMI ///
2013年10月25日(金) No.30 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.9


― ここも無理かぁ・・・。―

拠点となる多摩地区でミーティングをやるとなると多摩川水系上流の青梅街道沿いと
秋川から奥多摩のエリアのキャンプ場で探すしかない。
それと埼玉にはなってしまうが俺の地元飯能から名栗にかけての入間川上流。
この3本の川沿いを中心に探し回っていた。

入間川沿いに比べ多摩川、秋川は確かにキャンプ場は多い。しかしその殆どは古くからのもので、
決して広い訳でも無くバイクを駐めるスペースが確保しきれない。
幾ら見込み数は少ないだろうと思っても、一応それなりのスペースは確保しなければ
万が一の時に面倒な事になってしまう。
それと、渓谷沿いのキャンプ場は基本がバンガロー主体で、テントを張って、
さらに全員が集まっていられる焚き火のメインスペースが意外とない。

条件はハーレーが出入りするに当たって周辺民家に迷惑が掛からない事。
少なくとも50台位のバイク駐車スペースがある事。
バイクからすぐの所にテントが張れる事。
焚き火を中心に参加者みんなが、一ヶ所に集まれる事。
水道とトイレがある事。

何度かの仕事の休みに廻った十数カ所はこの5つをクリアしなかった。


その日もキャンプ場ガイドで数件目星をつけ、メモをポケットに突っ込みバイクで出かけた。
青梅の山沿いから峠を越えて青梅街道を横切り吉野街道を川に沿って走る。
初夏を迎えようという季節、少し汗ばんだTシャツが、
山間の日陰になったコーナーに入ると冷やっとした空気がとても気持ちいい。
いくつかのキャンプ場を見終え、今日最後の予定のキャンプ場に着いた。

入口は大きな看板があって分かりやすい。
河原に向かって坂を少し下って行くとバンガローが並んでいる。
さらにやや急な下り坂を下りて行くと河原でBBQをする人向けの駐車スペースがあった。
そこにバイクを駐めて、ポケットから煙草を取り出し火を付けた。
煙草を吸いながら、大股で『イチ、ニィ、サン、シィ・・・』駐車スペースの広さを歩幅で測る。
縦15歩、横30歩。
バイクの長さが2.5m、幅1mちょっととして通路と四輪の回転場所をここに取ると・・・。
ザッと50〜60台はイケる。
テントはすぐ隣の砂利の所でスペースに余裕ある。受付は流しの明かりが取れるこの前だな・・・。

俺の頭の中で会場イメージがみるみる組み上がっていく。

― よし!ここで決まりだな。―

青梅市の川井キャンプ場の河原BBQスペース。

(仮称)D-meeting 1stの場所が決まった。

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7月第一日曜の夜。
NABEの店”西洋亭”での定例ミーティング。

みんな飯と酒をオーダーし、晩飯を食いながらいつもの様にミーティングが始まる。
まずは次月のクラブランの日程とルート企画案。
俺からのコース説明と出席者確認を取りここはサクッと流す。
そして今月メイン議題(仮称)D-meetingの話に進む。

『いろいろ見て回ったけど場所はここから90分位の場所にある青梅の川井キャンプ場がベストだと思う。
管理人にも内容を説明して了解は取った。』

『どんな感じの場所なの?』メンバーの一人が聞く。

俺はキャンプ場の状況、周辺の環境などを説明する。
『開催が9月19日〜20日だから、あと2ヶ月半。場所は決まったからみんなでクチコミを頼むね。』

ポスターやフライヤーなど作る金も発想もなく、先月出来上がったばかりのクラブのホームページへの告知掲載とクチコミが集客の頼りだ。
『あとは只野さんにも相談にのって貰ったしVIBESのトピックスにも載せて貰おう。8月発売に載せて貰うなら、来週には内容を決めて送らないといけないけど、参加費とかは幾らにしようか。ゲートオープンとクローズの時間は?』

準備時間も少ないため、一旦事が決まると次から次へと決めていかなくてはならない。

とは言え、俺自身もミーティング主催は初めてだし、他のメンバー殆どがミーティングそのものに行った事がないのだから、何をどう決めれば良いかが今ひとつピンと来ていない。

『まあ、どうせそんなに来ないと思うし、取りあえず場所と金額だけ決まっていればいんじゃない?』
誰かが言ったその言葉にみんな、それもそうだなと頷いていた。



ミーティングを開催するという期待と不安と抱えたまま数日が過ぎた8月11日。
朝一で本屋に寄ってVIBESを手に取る。

― 出てる・・・。―

”平日休みのバイカーの為にD-meetingが開催される”
仮称だったD-meetingという名称も、他に良い名前が浮かばずそのまま正式名称として使う事になり、
簡単な紹介文と会場までの地図、それと連絡先として俺の名前が載っている。

これを何人が見てくれるだろう。
何人があの坂を下りてくるだろう。
期待が益々膨らみその光景が目に浮かんでくる。



1ヵ月前ともなると企画内容も少しずつ形になって行った。

『来てくれたバイカーに、受付でお疲れさんビールを渡すのはどう?』
『俺、豚汁作るよ。来てくれた人に食って貰おう!』
とNABEが張り切っている。

『受付テントはジャパンドラッグ、人参棒とトランシーバーはDRAGON WAVEから借りる手配をしたよ。』と俺。
『秋山さんにアコースティックでライブやって貰えないかな?』
秋山さんとは、NABEと交流があり何度か俺たちもライブを観に行った地元のミュージシャン秋山登志夫だ。
『みんなで焚き火を囲んでブルースを聞きながら酒を飲む。良くない?』
『いいねぇ〜!分かった打診してみるよ。』
『PAとかは小さなギターアンプとマイクだけで良いよね?』
『うん、河原だしそれでいいんじゃない?』

ここへ来てトントンと話が決まっていく。

『それと、ハーレーの音が山間に響くだろうから川向かいの民家には、挨拶行った方がいいと思う。
俺が挨拶文作るから、来週の火曜に一緒に配りに行けるヤツはいる? 』
『俺行くよ。』SHとKTが手を上げた。
『じゃ、俺も都合つけるよ。』
『俺も』

メンバーみんなも自ずと気合いが入って来てD-meetingを成功させようと
全員の気持ちがひとつの方向に向かっていた。


当日の持ち場も振り分け、大方の段取りが決まり今日はここまでという時にSNが声を出した。

『記念パッチ、どうすんの?』
『パッチ?それ考えてなかったなぁ。今言っても間に合わないんじゃない?』
『作ろうよパッチ。』

D-meeting開催自体あまり乗り気でなさそうだったSNが最後の最後に、
余計な事というかすでに暗黙のうちにパッチは作らないとみんなが思っていたところを突いてきた。

『いらなくない?この先続けられるか分からないし。』と俺。
『いや、せっかくやるんだからパッチあった方が良いよぉ。』

― ならもっと早く言ってくれよ・・・―

『分かった。じゃ、間に合うかどうか分からないけどDRAGONで作った業者を紹介して貰って交渉してみるよ。』

パッチ、間に合えばいいが・・・。



ひとりでも来てくれたら成功。
10人も来てくれたら大成功。

そういう気持ちと裏腹に、もしかしたら沢山来てくれるかもという期待。
そして、もしかしたら誰も来ないかも知れないという不安。

開催までの毎日、そんな思いが代わる代わる頭をよぎり、
いよいよ9月19日を迎えた。




/// PRESIDENT KAMI ///
2013年09月03日(火) No.29 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.8


編集部のドアを開けると只野さんがひとり仕事をしていた。
改めて挨拶をすると、「じゃ、飯でも行きますか。」と近くの居酒屋に連れて行ってくれた。

今回のバイブズミーティングの話、バイカーの話、各地のミーティングの話など俺にとっては紙面では分からないリアルな話を沢山聞く事が出来た。
話の途中、俺が只野さんに聞いた。
「平日のミーティングってどうでしょう?ありですかね?」
「平日かぁ・・・。確かにサービス業で平日休みのバイカーも沢山いるのだろうからありだと思うよ。」
「そうですよね?でも全然ないじゃないですか。いっそ俺らのクラブで平日ミーティングやったらどうかななんて思うんですけど・・・。」
「・・・」少し考えた後、只野さんはこう言った。
「ハッキリ言って無理だよ。やらない方がいいよ。」
意外な答えだった。
自らバイブズミーティングを主催し、バイカーやミーティングという物にメッセージを打ち出している只野さんがやらない方が良いと言う。

俺の思いが中途半端だったのか、上手く伝わらなかったのか、それ以上はその事については何も言えなかった。


けれど、その日をきっかけに数ヶ月に一度編集部に遊びに行き、只野さんと飲む機会が増えた。
その度に俺の知らないアメリカのバイカーの話や日本の中でのバイカーやMC、バイカーミーティングの話を聞く事が出来、俺の中でバイカーというもののカタチが見え始めてきた。

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ある日俺の携帯が鳴った。
出るとD-RUSHを組む前に同じカラーを背負っていた元相棒のPAPAだ。

PAPAとは、以前に二人だけのカラーを背負っていた。
一年半前につまらない事がきっかけで大喧嘩をして、疎遠になっていたが、PAPAの経営するパドックパスというバーには時折出入りしていたので、先月久しぶりに酒を交わし喧嘩の事はお互い水に流して、良い仲間としてカッコよく付き合って行こうと仲直りしたばかりだった。

「上関、俺の話に乗るか乗らないか答えろ。」唐突にそう言ってきた。
「そんな、話聞かないと答えられないよ。」
俺は苦笑いしながら言うと、
「駄目だ、乗るのか乗らないのか?」
「分かったよ。乗る。」
そう俺が答えると
「今度、狭山のゲーセン跡地の駐車場でイベントやるんだけどお前もスタッフで絡め。」
相変わらず強引だ。
「イベントって?」
「ハーレーバイカーのワンデイイベントだ。出店とかも集める。」
「それは面白そうだね。詳しい話を聞きに行くよ。」


話を聞くと近隣の交流のあるバイカーショップに出店して貰って、そこのお客達に呼びかけ一日お祭りの様なイベントにすると言う。
「D-RUSHも何か出店しないか?」とPAPAが言うので、
「うちはみんな平日休みだから難しいけど、一応聞いて見るよ」と答えた。

翌月の定例ミーティングで、メンバー達にその事を伝えると、案の定みんな休みを取って参加するのは難しいとの事だった。
そのうち焼き肉屋のGが、
「昼間なら、うちで売っている酒とか持って行って売ろうかな?」と言い出した。
「そうか、それで良いよ。俺は自分の外したバイクパーツとか持って言って売ろうと思ってるんだ。せっかくPAPAが主催するんだから応援も兼ねて、行けるヤツだけでも参加して欲しいんだ。」

結果、Gと大学生のSが参加するという事になった。


俺はスタッフとは言え日曜開催のイベントなので、特に大きな準備に絡む事は出来ず、開催前日の夜、自分の中古パーツを一旦車で運び、再びバイクで出直し朝までPAPA達と語り明かしそのままイベントスタート。
100台ほどのバイクが集まり、決して広くはない会場は人が溢れ盛況のうちに無事終了した。

D-RUSHメンバーそれぞれの自宅からでも決して遠くはない場所でのイベント。
それなのに日曜というだけで、この楽しかった空気を共に出来ない。
それだけが残念だった。

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1999年世界が滅亡するというノストラダムスの予言も見事に外れ2000年という何か近未来を感じさせる響の年がスタートした。

1月半ば、会社の休憩室にいる俺の携帯が鳴った。
「上関、話に乗るか乗らないか答えろ。」
PAPAからだった。
「また今度は何?」
「いいから先に答えろ。」
「分かったよ。乗る乗る!」
「先月イベントやったろ?あれを秩父のミューズパークでやれる事になったんだよ!」
少し興奮気味でPAPAが言った。
「ミューズパークで?凄いじゃん!いつ?」
「4月だ。」
「あと4ヵ月しかないじゃん?」
「今度の金曜に俺の所にスタッフが集まるからお前も来いよ。」
「分かった」

PAPAの家に行くとすでに10人程が集まっていた。
そこには、年末のイベントでもスタッフをしていたWILD HEART MCのKENさんもいた。
殆どが俺にとっては初対面で緊張しながら話を聞く。
「イベント名は"DRAGON WAVE 2000"。辰年の2000年からスタートすると言う事と、秩父の隣町の吉田町には龍勢祭りってのもあるしな。」


こうしてDRAGON WAVEが2000年4月に開催される事になった。


また俺はDの定例ミーティングで、このイベントの参加を打診したが、来られるのは大学生のSJだけで俺たち二人は2輪誘導のスタッフとして参加した。


― やっぱり平日じゃないとみんな難しいよな。―


翌月の定例ミーティングで俺はみんなに向かってこう言った。
「この間のDRAGON WAVEにしても他のミーティングにしても、平日休みのみんなが行けないのは仕方ない。だから俺はDメンバーが全員参加出来て、同じ様にどこのミーティングにも行けない平日休みのバイカーが集まれるような平日開催のバイカーミーティングをやりたいと思うがどうだろう。」
みんなの反応は思っていたより冷ややかだった。
「別に悪くはないと思うけど、そもそも俺らミーティング自体がどんな物なのか知らないしさ。」何人かが同様の事を言う。
「確かにそうだ。だからやる価値があると思うんだ。いろんな出会いの可能性があるミーティングを知らない、行けないバイカーの為に始めるんだよ。」

その日は決定的な反対も賛成もなく話が終わった。

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数ヶ月振りに只野さんと飲んでいた。
ミーティングシーズン真っ只中にあって、成功裏に終わったDRAGON WAVEの話や他の地域のミーティングの話に盛り上がっていた。
「只野さん、やっぱり俺、平日開催ミーティングやろうと思う。」
俺は決意を固めるような口調で言った。
「そう。良いんじゃない?」
今度は開催を勧める様な言い方だった。
「KAMIさんが平日ミーティングをやる事は良いと思うよ。でもひとつだけ。」
只野さんが続けた。
「始めたからには止めない事。やっていくと色んな事が起きると思う。でもそこまでの思いを持って始めたからには途中で止めない事。続ける事は本当に大変だよ。でも続けて行く事に意味があるんだよ。それであれば俺はKAMIさんを応援するよ。」
もちろん俺も始めるからにはそのつもりでいた。
大きくうなずき「分かりました。大丈夫です。」と答えた。


俺の思いは決まった。
今年の秋前に平日キャンプミーティングをやる。


次の定例ミーティングで、俺の決意をみんなに伝えた。
「土日のミーティングに参加出来ない俺たち自身の出会いの為に。同じ様に出会いのチャンスを諦めてしまっている平日バイカーの為にも開催したい。もちろんこんな無名のクラブが主催のミーティングに何人が来てくれるか分からない。でもたった一人でも来てくれたら、それで立派なミーティングだと思う。」

中には渋々了解する者もいたが、リーダーである俺が責任を持って進めるという事、もし開催した事で持ち出し赤字やクラブメンバーにとって不都合な事があった場合は1回で終える事を条件として開催は9月、場所は地元多摩地区周辺という事で決定した。

イベント名称は格好良いのを考えるが、取りあえず暫定的にD-RUSHが主催のミーティングだから"D-meeting"という仮称で呼ぶ事にした。




決定はしたものの、数週間が経ってもメンバーの誰も率先して動く気配はなく開催場所候補も中々上がってこない。
場所が決まらなければ話も前に進まない。
俺はキャンプ場ガイドを片手に休みの度に秋川、多摩川、名栗川支流のキャンプ場を片っ端から下見に行く事にした。




/// PRESIDENT KAMI ///
2013年07月23日(火) No.28 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.7


D-RUSHに取って結成後2度目のバイクシーズン迎え、夏を過ぎた頃にはメンバーそれぞれが、
友達をツーリングに誘うようになり、毎月の定例ツーリングは少しづつ賑やかになっていった。

ある日、その中の一人が「今年の青森でやるバイブズミーティングに行こうと思うんだけど、
Dの人誰か一緒に行かない?」と言ってきた。
Dメンバーは殆どが平日休みだから誰も行こうなんて思ってもいないし、案の定それに便乗する言葉はなかった。
俺は過去、第一回の静岡と三回目の岐阜に行った事があったが、
その後は子供の幼稚園の運動会と毎回重なり、さすがに遠方で行われるバイブズミーティングには行けなかった。
今年の青森もそんな状況の中、行こうと思っていなかったが、そいつが熱く誘うものだから、
「じゃ、行っちゃうか!ほか誰か一緒に行く?」と話を促すとSNが「じゃ、俺も行くよ。」と手をあげ、
Dメンバー二人とその走り仲間との3人で行く事になった。
何年ぶりのバイブズミーティングだろう。
俺のバイク歴の中で一番の長距離となる青森。
その日から、青森への道が楽しみで仕方なかった。


夜中の1時に待ち合わせをして、3人は北へ向かった。
景色が代わり映えしなくて飽きつつも走り安い東北道を走る。
夜が明け気持ちの良い空気がヘルメットのシールドの中に入って来る。
東北地方に入る頃になると、サービスエリアには同じ様に夜中に走って来たバイカー達が目立ってきた。
「みんなバイブズを目指して走って来たんだな。」
一度も会った事もない見も知らぬバイカー達が、同じ場所を目指して走っている。
何とも言えない感動と連帯感の様なものを感じた。

俺たち3人は無事、開催地である青森の五所川原に到着した。
買い出しをするために街中のスーパーに立ち寄ると、ミーティングのポスターが貼ってある。
レジのおばちゃんが「どこから来たの? 」と気さくに声を掛けてくる。
「東京から」と答えると、
「遠くから良く来たね。楽しんで行ってね。」と笑顔で言ってくれた。

バイブズミーティングという、ハーレー乗りのイベントなのに街をあげて迎えてくれた事に、
地元スタッフの尽力を感じた。

会場に到着すると雑誌で見た事のある有名バイカー達があちらこちらにいる。
完全にアウェイな俺たちは、その片隅に少し遠慮がちにテントを張った。

馴れない手つきで買い出しの食材を調理する。
隣には北陸から来たという3人のグループが、俺たちとは対照的にテキパキと何やら準備し、
すでに飲みの体制に入っている。
「君らどっから?」
「東京です。」
「そうなんだ、お疲れ。これ食べる?」
ささやかな摘まみだったが、ここではじめて会ったバイカーとの会話、
施しに改めてミーティングの醍醐味を感じた。
軽く酒を引っかけた後、SNは徹夜走りのせいか睡魔に襲われテントに潜り込んだ。
もう一人の友達は興奮気味に見どこかへ消えていった。
俺は50近くはありそうな出店をグルグルと何周も回り、
雑誌でしか見た事のないシルバージュエリーや革製品に、手元の財布と相談を繰り返す。

そうこうしているうちに長い一日目が終わり俺もテントに潜り込む。

二日目。
何やら企画として五所川原の街をパレードするらしい。
参加のバイク達が整然と道路に並び始めている。
俺たちも出遅れまいと、その列に加わった。
まだスタートもしていないのに、先頭も最後尾もすでに見えない。
何台が走るんだろう。
もうハーレーの鼓動が響き渡り会話さえ聞こえなくなっている。

先導車が先を行き、いよいよパレードがスタートした。
車間が空く分さらに先頭がどこか、後ろはどの辺かが全く分からない。
数百台のハーレーがゆっくり、青森の景色の中を走り抜ける。
そして街中にさしかかると、沿道にはずらーっと街の人たちが埋め尽くしていた。
老若男女みな手を振ってくれている。
中にはハイタッチで俺たちとタッチをしてくれる人も多い。

なんなんだこれは!

それまでに経験した事のない驚きと、ハーレーというバイクのステイタスを感じた。
そして、町民達に応えるバイカーたちの優しい仕草、その中にいる自分に鳥肌がたった。
街を抜けても、県道のあちこちで人が手を振っている。
小さい子はもちろん、畑仕事の手を休め見送ってくれるおじいさんやおばあさんまで、みな笑顔なのだ。

最初はこの長距離に躊躇したが来て良かった。
バイブズミーティングの凄さに完全にやられた。

会場に戻った俺は再び出店を巡ったり、買い食いをしながら
芝生の上に腰を下ろして会場全体を眺めていた。
(3人は全くバラバラに自分勝手に楽しんでいた)
そこに地元のおじいさんが話しかけて来た。
「どこからいらしたの?」
「東京です。」
ある意味お決まりの出だしだったが、さっきのパレードでの感動がまだ残っていた俺は、素直にその会話に入っていった。
「東京か。わしは戦後、中野にいたんだよ。」
「そうなんですか。」
そんなたわいもない会話で、別にバイカーでも何でもないおじいさんとの会話もミーティングで得たひとつの出会いなんだなと思った。


ただひとつ、そのおじいさんの津軽弁がひどくて話の半分は理解不能だったが。


バイブズミーティング会場を後にし、東北道をまた上って行く。
いろいろな感動と心地良い疲れを土産に家路に着いた。

ミーティング・・・。
バイカーとバイカーを繋ぐ。
時間と空間を共有する。
バイカーと地元を繋ぐ。
人と人が出会う。

それまでにも幾つかのキャンプミーティングには行った事があったが、
今回のバイブズミーティング青森は色んな思いを俺の中に投げ込み、帰宅してからも興奮冷めやらず、
ミーティングでのシーンをひとつひとつ思い出していた。


― D-RUSHメンバー全員にもこの感動を感じて欲しい。でも、Dのメンバーは平日休みだし無理だろうな。
来年のバイブズミーティングは誰が行けるのかな。―

― 平日休みだと行けるミーティング全然ないもんな・・・。
俺たちでも行けるミーティングがあれば良いのに・・・。―

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翌月の11日バイブズ発売。
今月はバイブズミーティング特集だ。

会社の行きがけに本屋に立ち寄り早速買った。

昼休みパラパラとページをめくる。
あの時の感動が蘇り、休憩室でひとりにやけていた。

いつも必ず読むページは只野さんの"Dear Brothers"だ。
そのページを開くと挿絵の写真がある。
その写真を見て、本文に目を移した瞬間もう一度写真を見る。
そこに写っていたのは、芝生に腰掛け話をしているおじいさんとバイカーの後ろ姿だった。
その背中にはD-RUSHのカラーが。

― 俺じゃん!―

それだけでもう気持ちが高ぶった。
本文に目を通す。
別に俺の事を語った文ではなく、今回の青森バイブズを振り返っての言葉がそこに書かれていた。

けれど正直、そんな事より、あのミーティングの総括というべき只野さんの
ディアブロの挿絵に俺の写真、D-RUSHのカラーが写った事が嬉しくて興奮していた。


読者としてだが只野さんと言葉を交わした事のある俺は、ずうずうしくもその場で携帯を取り出し、
編集部に電話をした。

「源です。」
「上関と申しますが、只野さんいますか?」
しばらく待つと、
「只野です。」
「あっ!あの・・・上関と言います。覚えていないと思いますが随分前に一度そちらに押しかけて飲んで貰った事があるんです。」
少々興奮気味に話を続けた。
「あの・・・今朝バイブズ買って見てたら只野さんのディアブロの挿絵に僕が写っている写真が使われていたので嬉しくて思わず電話してしまいました!」
「あ〜あの写真ね。なんか今回のバイブズミーティングを象徴する様な写真だったから。」
「いやっ、ホント嬉しいです。ありがとうございます。」
「いえいえ、これからもバイブズをよろしくお願いしますね。」
「ハイっ! あの〜それで今日僕都内に仕事で来てるんですが、仕事終わったら編集部寄って良いですか?」

調子に乗った俺は、前回と同じ様に突然に今日飲みましょうと只野さんに言った。
「今夜はいるから良いですよ。」
只野さんは快く申し出を受けてくれた。

そして仕事を終えると俺は足早に水道橋にあるバイブズ編集部に向かった。




/// PRESIDENT KAMI ///
2013年07月22日(月) No.27 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.6


「毎月1回はツーリングをしよう。」

発足時にそう決めた通り、D-RUSHの定例ツーリングは、この半年ずっと欠かさず行った
雨天決行。
台風上等。
カッパを着込んで、とにかく走り出す。
メンバーの事情で、集合時間がどうしても遅くなる分、
陽が短く寒い冬でも解散時間はいつも夜6時、7時を回る。
そして、それから行きつけの飲み屋で打ち上げだ。
自宅に帰るのは午前0時を回る事も珍しくない。

9名全員が必ず揃う事は、なかなか難しかったが、
土日では味わえない快適な道を同じイグゾーストノートを奏でたハーレー数台で駆け抜ける楽しさに、
それまで一人で走っていたみんなは夢中になった。
トンネルの中では、まるで会話をする様に交互にスロットルを開く。
そんな音に包まれてみんなほくそ笑んでいた。



季節もようやく暖かくなり始めた頃、NABEの店にいつもの様にみんなが集まる。
まずは今月の定例ツーリングの企画案発表。
D-RUSH結成以来、毎回俺がコース企画を決めている。
いよいよ春を迎え今月は初のクラブキャンプ企画だ。
「場所は那須高原のキャンプ場。俺の会社の元上司がキャンプ場を開いたんだ。
一回行ったけどジャグジーもあるし出来たばかりの綺麗なキャンプ場だよ。」
「待ち合わせは福生のコンビニ。16号から大宮駅んとこ抜けて岩槻インターから東北道」
「買い出しは、キャンプ場の先にスーパーがあるからそこだな。」

みんな初のメンキャンにワクワクした顔でいちいち頷く。


一通り企画案を告げ、雑談に入るという時、KTが切り出した。
「みんな聞いてくれ。去年話した通りKAMIさんがリーダーになって今月で半年が経つ。
一応ケジメとしてハッキリさせなきゃ行けないと思うので、ここで多数決を取ろうと思う。」
みんなの顔が急に真面目になる。
「みんな、どうだろ。KAMIさんがこのままリーダーで良いかどうか。
良いと思う人は手を上げてくれ、嫌だと思う人は意見を言ってくれ。」

一瞬の沈黙のあと、
「賛成。」
「俺も良いと思う。」とその場にいた全員が手を上げた。
KTがそれを確認し、「じゃ、今後は正式にKAMIさんがD-RUSHのリーダーと言う事で決定。」
みんなが拍手でそれを認めた。

「みんなありがとう。今後はリーダーとして益々Dのために頑張って行くよ。
俺はリーダーという立場になったけど、あくまでもDは全員が平等であって、
その一人一人の繋がりとDの活動を潤滑に進めるための、軸の様な立場だと思っている。
だからリーダーとは言っても俺がみんなより偉いとか、俺に従えとか思っていないから安心してくれ。」
俺は正式就任に当たって、リーダー制に疑問を持っているであろうメンバーに配慮しつつ挨拶をした。

「じゃ、もしKAMIさんが暴走したらみんなで引き下ろすからね。」
KTが冗談交じりでそう締め、俺は正式にD-RUSHのリーダーとなった。

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その月、初のメンバーキャンプは雨だった・・・。

雨の東北道を走り、他に利用者のいない雨のキャンプ場でテントを張り、
タープなんて便利な物なんか持っていないD-RUSHの面々は、
小さな東屋に身を寄せ合い半分濡れながら、夜中まで酒を酌み交わし大いに笑った。

ふと気がつくと、雨も止みゆっくりと流れる雲の切れ間から月が顔を出していた。



/// PRESIDENT KAMI ///
2013年07月22日(月) No.26 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.5


D-RUSHのお試しリーダーに就任して間もなくしてからの定例ミーティングの日、
大学生メンバーであるKEとMOが切り出した。

『俺たちDを辞めようと思う・・・。』

その言葉に周りのメンバーがすかさず声を上げる。
『ええェ〜!? 何でェ〜〜??』

暫く言葉に詰まったあとKEが切り出した。
『今回KAMIさんがリーダーって事になってDは全員が平等という感じではなくなるし、
この先きっともっとMCって形になっていくんだと思う。
俺らはまだ学生だしみんなが真剣にMCをやろうという気持ちに思いが着いて行きそうもない。
中途半端な気持ちで居るのはみんなに対しても失礼に当たると思うから。』

MOも頷いている。

『そんな事言うなよ・・・』
『もっと気楽に考えれば?』
メンバーの数人が二人に声を掛ける。

二人は黙ったままだ。

『もう決めた事なのか?』
俺が切り出した。
リーダーとして。

『うん。気持ちは変わらないかな。』

『そうか、分かった。じゃ仕方ないな。』

メンバー達はあっさりと認めた俺の言葉に少し戸惑い気味だ。

『無理って言うんだからしょうが無いでしょ。
ここで無理に続けても楽しくは無いだろうし、
何よりズルズルいる事よりこの先のDの事を考えての決断なんだから。』

みんなは俺の言葉に半ば仕方なく、二人の脱退を認める事になった。
D-RUSH創設以来、初の離脱者だ。


10人になったD-RUSHは、二人が欠けた事以外は何も変わる事無く
その後も毎月の定例ツーリングとNABEの店での定例ミーティングを重ねて行った。


真冬の定例ミーティング。
俺たちの基本は”定例ミーティングもバイクで出席”を合い言葉に、
寒さに半ば無理をしつつも、”思いが大事”と言わんばかりに殆どのメンバーが
冬の夜にバイクで集まっていた。

その日もみんな『寒ぃ−−!!』と店に入るなり同じ言葉を叫びながらメンバーが集まって来た。
そんないつもの光景ではあったが、メンバーのYSがカラーベストを着ていない。

『YS。ベストどうした?』俺が訊ねた。
『あ〜、ベストね。何か俺あまり好きじゃ無いんだよね、ベスト着るの。』
YSが悪びれる様子も無く答える。

『好き嫌いじゃ無く、MCメンバーなんだから、みんなで集まる時は走り以外の場でも
ベストは着てこなくちゃ駄目だよ。』と俺が少し柔らかめに言う。

『うん、分かったよ』とYS。



そしてその翌月の定例ミーティング。

『あれ?YS。ベストは?』
YSはその日もベストを着てこなかった。

『いや〜、バイクの時は仕方なく着てるけど、やっぱカラーが着いたベスト着るのって俺のスタイルじゃないんだよね。』と再びあっさりと答えるYS。

『YSよ。それは違うだろ。ベスト作る時も一緒にデザイン考えたし、着るのは承知だったろ?』とみんなを代表するつもりで俺が続けた。

『あの時はそれも良いと思ったけど、なんかねェ〜・・・』

『まあ、今日はしょうが無い。次回からはスタイルじゃなくても着て来いよ。』とその場が険悪な雰囲気になる前に話を終え、いつもの定例ミーティングの議題に入った。



それから数日後。
どうしてもYSの態度に納得のいかない俺は、YSに電話をし会う事にした。

バーで落ち合い、まずは軽く乾杯。
早速、俺が切り出した。
『ベストの件だけどさ。YSのスタイルじゃない事は、普段の恰好から理解できるけど、クラブとしてはやっぱメンバーが集まる時はカラーを着るのは当たり前だと思うが・・・』

『KAMIさんの言いたい事は分かってる。そうなんだよね。』
YSが続ける。
『なんかさ、ほら俺今仕事でいろいろと忙しいじゃん。それでなんかDに気持ちが向かないって言うか、多分結成した時と比べて冷めちゃったのかも知れない。』

『辞めるのか?』

『別に辞めたいとかはないんだけどね。みんなといると楽しいしさ。』

俺は暫く黙ってYSの話を聞いた後、
『俺は、多分YSはこういうの合わないんじゃないかと思う。もしこのままDにいるんだったら、ああいう時は必ずベストを着て来て欲しい。でもスタイル的にそれが嫌なら、Dを辞めた方が良いと思うよ?』と切り出した。

『まだこの先Dがどうなるか分からないけど、俺がリーダーをやって行く限りは、そこの所はキッチリとして行きたいし、きっとYSは窮屈になって来るんじゃないかな?』

俺の言葉を聞くと、YSは少しホッとした顔をして
『KAMIさんの言う通りかも知れない。多分俺にはこういうの合わないんだよ。少し前からそんな風に思ってた。だから気持ちも入らないでいたんだと思う。』
そして、
『そうだね。辞めた方がいいね。うん辞めるわ俺。』

リーダーとして初めてメンバーの首を切った瞬間だった。

翌日、メンバー全員にYSが辞める事を電話やメールで伝えた。
電話口のメンバー達は、『そっか。仕方ないな。』とYSを切った俺を責める訳でもなく、YSを責める訳でもなくみんなあっさりと俺の報告を受け入れた。

リーダーとして・・・。
お試し採用であってもリーダーとして、クラブを良い方向に持って行かなければとの思いが俺には強くあった。
MCでなければ、俺がリーダーでなければ、YSとは単に同じバイク仲間としてもっと長く付き合っていけたと思う。
だが、俺が思い描くMCはそういうものではなかった。
自分の意に適わないものを切ってしまうという罪悪感と後悔が俺を落ち込ませる。

仲間って・・・。
MCって・・・。
ブラザーって・・・なんだろう。

そんなスッキリしない俺がいた。




/// PRESIDENT KAMI ///
2013年06月22日(土) No.24 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.4


殆どが多摩地区在住のメンバーの中で、一番遠い俺は自宅のある埼玉の飯能から足繁く、
NABEのイタ飯屋はもちろん、隣のモークスカフェの方にも頻繁に顔を出していた。

そんなある日の事だ。

『KAMIちゃん、NABEさんとこのクラブに入ったんだって?』と
モークスの常連ハーレー乗りが俺に言う。
そいつはこう続けた。

『KAMIちゃん、何でD-RUSHなの?あんなハーレー乗りたての寄せ集めみたいなクラブに入っちゃって、
KAMIちゃん、株を落としたなって噂になってるよ。』

そいつは、既に同じ多摩地区で長く活動を続けているMCのメンバーだった。

『D-RUSHなんか入るならうち入ればいいのに』と更に続けた。

俺は、返す言葉を躊躇ったが、
『いや、いいんだよ。俺が入るって決めたんだからさ。
確かにみんな、知り合ったばかりで作ったし、お前のとこに比べたらヒヨッコの真似事クラブかも知れないが、
結構楽しくやってるんだぜ。』と、その場の空気を壊さない様、軽く言葉を返した。

『ま、いつでもこっち来たくなったら言ってよ。KAMIちゃんなら全然OKだから』
そう言うとヤツは、他の席にいる常連客の所へ戻って行った。


悔しかった。
俺個人を認めてくれての言葉だと解釈はしたが、心を決め結成した我がクラブを見下されたのだ。
『なぜ、そんな事言われなきゃなんないんだ?まぁ確かにそう見られても仕方無いかも知れないが、
いずれ必ず見返してやる。
ヤツらのクラブなんかに負けない位の活動をして、この地区では一番の、いや関東で一番のMCにしてやる!』
俺はそう、強く心に誓った。


それから、数日後。
再びそいつとモークスで会った。

特に嫌っている訳ではないので、普通に会話を交わす。

『D-RUSHってさ、リーダーいないんだって?』

『ああ、今はまだ立ち上げて間もない事もあるけど、みんな平等って事でね。』

『やっぱりさ、クラブにはリーダーいないと駄目なんじゃん?リーダーも立ててない様じゃ、
やっぱ駄目だよD-RUSHは。だから早く辞めちゃいな〜。』


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

その次のD-RUSH定例ミーティングの集まりの際に、俺はこう切り出した。
『今まで発足して数ヶ月、うちはリーダーなしでやってきたけど、現状を考えるとやっぱりリーダーを
一人立てた方が、いいんじゃないかと思うんだが・・・。』

それまで、数回のツーリングの企画、各メンバーへの連絡確認、緊急連絡網の策定など、細かい事が嫌いではない俺は、自ら進んでこれらの事をやってきた。
それは、みんな仕事を持ちながらの活動というのは当たり前だが、ツーリングを初めとする普段の活動企画などは、誰かが率先して事を進め、スムーズな伝達が必要であり、連絡網ですら、途中で止まってしまう様なみんなが相手任せの意識では、とても充実した活動は難しいと、すでに感じていた上に、モークスで言われた事が俺の頭に引っかかっていたからだ。

みんなの反応は、否定的だった。

『上下関係がないフラットな付き合いが出来るからと言う事で、入ったんだからリーダーなんてない方が良い。』という意見が大方だ。

『確かにそうは言えるが、この数ヶ月でさえ実際、俺なりNABEさんなり、
誰かが中心になってここまでやって来ているんだから、そう言う意味で、決してみんなの上に立つという意味ではなく、車輪の軸の様にみんなの中心に位置してクラブの活動を潤滑に回す役割として、どうしてもリーダーを立てる必要があると思う。』そう俺は、食い下がった。

この提案は、その回の定例では結論が出ず、次回に持ち越される事になった。



そして、翌月の定例ミーティング。

まずは、持ち越しの議題を決着させる。
D-RUSH創設の一人であるKTが口火を切った。

『リーダーを立てる件だが、どうだいみんな、KAMIさんがそこまで言うなら、一度やって見たら良いんじゃないか?駄目なら止めればいい。』

みんなも、この1ヶ月の間にある程度覚悟は決めていた様だ。
『KTさんの意見に賛成』
『とりあえず、やってみようか』という流れで、リーダーを立てる事自体は決定。

『じゃ、誰がリーダーになる?』

『・・・・』

誰も自ら手を挙げるものはいない。

『やっぱり、今までの動きを見ると、NABEさんかKAMIさんが妥当だと思う。』
そういう意見が上がり、KTがNABEに聞いた。
『NABEさん、どう?』

NABEが答える。
『俺は、リーダーはしないよ。どちらかと言えばご意見番的な感じが良いからさ。』
そこで俺は、すぐに口を挟んだ。
『じゃ、俺がやる。』

KTが場を取りまとめる。

『どう、KAMIさんにやって貰うって事でみんないいかな?』
反対は無かった。

KTが続けた。
『じゃ、今月からKAMIさんをリーダーって事でやって貰いましょう。
ただし、取り敢えずリーダ−制をやってみるという事だから、お試し期間と言う事で半年間、様子を見よう。KAMIさんの動きとクラブの状況を見て、半年後にもう一度どうするかを決定しよう。』


みんながそれに賛成し、俺は取り敢えずの、
”半年間のお試しリーダー”に就任した。



/// PRESIDENT KAMI ///
2011年08月09日(火) No.19 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.3


98年初夏7月。
メンバー全員揃っての、初の公式ランは、関東のツーリング定番コースの軽井沢に決まった。
その日の東京はピーカンではないものの、ツーリングにはちょうど良い季候だった。
集合場所の、関越道高坂SAにメンバーが一人また一人と集まってくる。
みんなの背中には、出来上がったばかりの3ピースが照れくさそうに縫い付けられている。

今まで、それぞれソロツーリング、良くても2〜3人の少人数でしか走った事がないのだから、
12人もの仲間と待ち合わせをする初めての経験と、これから始まる自分達の走りへの期待にみんな興奮気味だ。
少しばかりの恥ずかしさと、雑誌の中で見る様な黒い軍団の中に自分がいる事が、まるで夢の様もに思えた。

タバコに火を付け、MCバイカーを気取ってみる。

『さあ、行こうか!』

誰かのかけ声で、一斉にヘルメットかぶり、エンジンに火を入れる。
12台のイグゾーストノートが周囲に響き渡る。

振り返る人、写真を撮る人、怪訝そうな顔をする人、回りの目が全て気持ち良かった。
まるでパレードの様に、SAの外周を回り、本線へなだれ込む。

走行車線に連なる自分達のカラーを見ながら、みんながほくそ笑んでいた。
バックミラーに写る仲間を見て新たな世界を感じた。
ロードキャプテンもツーリングリーダーもいない。
隊列を統制する必要もなく、かと言ってフリー走行でばらばらに走る事もせず、
暗黙のうちにそれぞれが、この台数で走る事を楽しむ為に整然と千鳥走行をしていた。

上信越道 碓井軽井沢ICで高速を降り、初夏の気持ち良い軽井沢の街並みを走る・・・予定だった。


雨だ。

初のクラブランからD-RUSHと雨とは縁がある。

けれど楽しさが雨さえ物ともせずみんな笑顔でずぶ濡れている。
『バイカーはやっぱ半帽でしょ!』
『バイカーはやっぱカッパ着ちゃダメでしょ!』
ほんの少しばかりハーレー歴の長い俺がみんなに言う。

決して強がりと言う訳ではなく、本気でそう思っていた。
それが、かっこいいバイカーと言う物だと、イメージ大先行だ。

雨の軽井沢は意外に寒い。
そんな中で上から下まですっかりびしょ濡れだから、なお寒さが増す。

『バイカーは寒いなんて言っちゃ駄目でしょ!』
決して『寒いぃ〜・・・』などと言いたくなかった俺は、
信号待ちでも毅然と前を向き、タバコに火を付けバイカーを気取る。
もちろん、吸えたもんではない。

隣りに並んだ、SHが俺に言う。

『KAMIさん・・・鳥肌立ってるよ。(笑)』

『バレた? だってメチャクチャ寒いし〜!(爆)』

雨の中でびしょ濡れになってバイクに乗りながら、
楽しそうに笑っている姿を見て、軽井沢の観光客はどう思っていただろう。


初の公式ランは、何から何まで楽しく愉快だった。


『バイカーってのは・・・。』

しばらくの間、それが俺の口癖となった。



/// PRESIDENT KAMI ///
2011年07月03日(日) No.16 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.2


そろそろ春の匂いが漂い始めた頃、記念すべき第一回目のメンバーミーティングが行われた。

発起人であるNABEを始め、総勢12人がそこに集まった。
テーブルを囲み、真向かいや隣ににいる者同士が『ども、初めまして。』と挨拶を交わす。
そう、この席に集まったみんなは、それぞれが、NABEの店の客ではあるが、その殆どが今日初めて顔を合わす。
NABEと共に発起人となった美容師のKTとSHが場を仕切り、まずは自己紹介。

その後、この集いの主旨を確認する。
『このクラブの名前はD-RUSH。良い感じでしょ?』と命名をしたKが口を開く。
続けて、
『みんな平日の休みだからさ。平日ツーリングとかキャンプとかしてみんなで楽みたいね。』
『特にリーダーは立てない。みんな平等でね。年齢も職業も関係なく、上下関係も一切無し。とにかくみんなで楽しめる様にお互いが出来る事をやって行こう。』

これが、産声を上げた当時のD-RUSHの活動方針である。
別段Motorcycle Clubという訳でもない、言ってみれば、いわゆる仲良しクラブ的な目的でこの世に生まれたのだった。


NABEが、今後どういう活動をして行くかの話に触れていく。
『月に一度はツーリングをしよう!』
『いつにする?』
『KTとSHが美容師だから、第3火曜とかが都合がいいんじゃない?』
『俺もその方が合わせやすいな』

そんな会話が進み、定例のツーリングは月に一度、第3火曜に行われる事に決まる。

『それと、毎月1回はこうやってみんなで、コミュニケーションをとるミーティングもやって行った方がいいね。』とNABEが続ける。

『じゃ、ミーティングはいつにする?』
『ツーリングが第3火曜だから、隔週と言う感じで、第1週目がいいんじゃないかな』
そんな会話が喧喧諤諤続き、クラブミーティングは第一日曜と決定した。

『なんか楽しそうな感じになってきたね〜。』

みんな、これから始まる自分たちのハーレーライフに胸を膨らませていた。


最後にNABEが締めくくった。
『今日決めた事は、どんな事があってもちゃんと毎月続けて行こう。
一度、まぁいいかと流してしまうと、それが癖になってだんだんやらなくなってしまうからさ。』と。

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その日から、俺たちはいつと言うことなくNABEの店に集まる様になり、ついでにナイトランと称し、
数名で多摩地区界隈を流したり、都内へ行ったりとD-RUSHとしての活動が少しづつスタートしていった。

そして、第一日曜日。
定例ミーティングが行われた。

『今日は背中に付けるマークをみんなで考えよう。』
『せっかくみんなで走るんだから、やっぱその方がかっこいいんじゃない?』
そんな提案のうちに、みんなそれぞれ自分がかっこいいと思っているモチーフを、言い始めた。
『やっぱスカルが渋いよね』
『バッファローとかどう?』
『フェザーも入れたいね』
『十字架とかはどうなの?』
『フレアとか入らないかな?』
またまた、喧喧諤諤みんな勝手な事を言いながら、楽しそうにしている。

『人間のスカルを身に纏うのは好きじゃないから、バッファロースカルにしない?それで、バッファロースカルにフェザーだと、よく見かけるから、左右に翼を広げちゃうなんてのはどうよ?』と俺。
『フレアはD-RUSHのところに使うとかさ。』

こうやってD-RUSHのマークが形になっていく。


俺はひとつ気になっていた事をみんなに言った。
『MCって文字はどうする?』
『MC入れちゃうと堅苦しくならない?』
『入れない方がいいな。』
と反対意見もしくは、どちらでも良いと言う意見だった。

俺はカラーとして背負って走るんなら、ちゃんと入れて、その分気持ちを引き締め活動するべきだろうとみんなを説得し、結果MCの二文字を入れる事になる。

そうなるとエリア名はどうするか。
”TAMA”か”TOKYO”か・・・。

『でも俺埼玉だし・・・』とその時、唯一都外だった俺が言う。

『じゃ、JAPANにしよ。これなら、この先どこに住んでいるヤツが入って来てもそのまま行けるし。』とSが言った。
『JAPAN?』
『そう、日本全国にメンバーが増えたら凄いと思わない?』

俺もその意見に賛成し『日本なんて、アメリカのチャプターエリア1個分位なんだから、そう考えると、それも悪くないな』と。



Motorcycle Club カラーとしての3ピースが決まった。



/// PRESIDENT KAMI ///
2011年02月14日(月) No.15 (HISTORY)

History of D-RUSH vol.1


『KAMIさん、今度平日の仲間で走るチームを作るんだけど一緒に入らない?』
それが、俺とD-RUSHとの出会いだった。

1997年冬、俺は国立の友人の家から帰路へ向かうため、まだノーマル然とした相棒の'93ソフテイルカスタムで新奥多摩街道を走っていた。
走るには寒さが身に沁みる夜中、赤や黄色の派手なイルミネーションの店に気が付いた。
一旦は通り過ぎたものの、先を急ぐ用もないので、Uターンをしてその店の扉をくぐった。
客の誰もいないその店は、マッタリとしたロックがかかっている。
カウンターの向こうにはバーテンダーが、後片付けを始めていて、店の中央には、50歳を過ぎた位のマスターらしき男が一杯やっていた。
『一人なんですけど、一杯だけいいですか?』そう言って俺はコロナを頼んだ。
マスターらしきその人は、一見の俺に対して、『どこから来たんだ?』と口を開いた。
『国立の友人とこから飯能の家に帰る途中です。』と俺。
初対面のそれも明らかに年上の人に対しては、決して弁が立つ方ではない俺は、言葉を選びながら結局大した話も進まないまま、1時間ほどが経った。
『じゃ、また今度早いうちに来ます』そう言って店を後にした。

それから数日後、改めてその店に顔を出す。
マスターらしきその人は『おお!この間、夜中に来たよね?』と気さくに声を掛けてくれた。
俺も『ども』と笑顔で返す。

改めて店の中を見回すと、店内はアメリカンテイスト一色で、ハーレー乗りにはただそこで飲むだけで気持ちが良くなる様な気分にさせてくれる。
それから、特に知り合いもいないその店に、俺はちょくちょく立ち寄る様になった。
その店の名は【モークスカフェ】と言った。
バーテンダーをしていたのは、ONOKKO、マスターらしき人はSHOWさんと言って昔COOLSに在籍していたというその店のコーディネーターとの事だった。


モークスには、多摩地区のハーレー乗りが多く集まっていた。
それからと言うもの俺は常連のひとりとして覚えて貰えるほどに頻繁に通い詰めた。
『週末にライブがあるからぜひ来てよ』という誘いに顔を出した時の事。
リーゼント頭の痩せ身の男がヴォーカルのそのバンドに俺は、心地よい熱さを感じた。
ライブ終了後、『最高だったよ!』そう俺が声を掛けた相手はNO! STANDSのROCAだった。
俺が言うには生意気な様だが、まだ少し荒削りな感じもあったNO! STANDSは、博多弁のMCとは打って変わって、パワフルで歯切れのいい音を弾き出していた。
インディーズと言うのだろうが、いわゆるライブハウスで客を引きつけるミュージシャンと呼ばれる人種と会話をしたのは初めてだった。

そして数ヶ月経ったある日、いつもの様にモークスの扉を開けると、その日は貸し切りのパーティーがあるとの事だった。
『終わるまで、隣の店にいれば?』
そう言われ、それまで一度も入った事のなかった同じオーナーが経営する隣り合わせのイタ飯屋に入った。

こじんまりとしたその店に他に客はなく、ひとり俺はビールを頼んだ。
『今日はハーレーじゃないんですか?』
『僕もハーレー乗ってるんですよ』と愛想のいい店主が声を掛けてきた。
『ほら、表に留まってるヤツがそうなんですよ〜』
見ると、ちょっと前にHOT BIKE JAPANに載っていたハーレーがそこにあった。
『あ〜、見た事ありますよこれ!』
人懐っこい店主と、しばしハーレー談義をし、その日はそのまま家に帰った。

そしてまた数日後、今度は直接そのイタ飯やの方に入り、店主のウケないダジャレに付合いながらハーレー談義の続きに美味い酒を共にした。

ある日、その店で飯を食っていた時の事だ。
『KAMIさん、今度平日の仲間で走るチームを作るんだけど一緒に入らない?』と店主が言う。
『いいですねぇ〜、でも俺一度カラーを背負った事があるバツイチだから、もうチームとかには入るつもりはないんだ』そう答えた。
『そうなの?でも一応考えてみてよ』そう言う店主。

その後も、店に行く度に『どう?一緒に走ろうよ』と毎回同じ話をして来る。
『そこまで、言ってくれるなら一緒にやりますか〜』
『でも、俺はそういう経験があるから言いたい事は言わせて貰いますよ』と俺。
『うん、全然構わない。そういう人が居てくた方がいいと思うし』と店主。


その店主の名はNABEという。

それが俺とD-RUSHの出会いだった。



/// PRESIDENT KAMI ///
2010年10月26日(火) No.13 (HISTORY)